呑んだくれ改めレッツゴー痛風日記
2012-03-30
_ 2012年3月を振り返る
このエントリーを書いている今は2013年1月なのでありますが、昨年1年間ほとんどブログを書いていないことに必要のない後ろめたさを感じてしまっているので1ヶ月ごとにまとめて書いていこうと思う次第です。
で、2012年3月であります。何やらとても忙殺されてたようです。
ちょうどこの時は東北観光博の仕事でほぼ毎週東京や東北に移動してほとんど家にいなかったように思います。2月に結婚したばかりの新婚なのに。しかも4月に結婚パーティーを控えていてその準備を進めないといけない状況なのにほとんど家にいることができず、妻には大変迷惑とストレスをかけてしまったのではないだろうかと今更思っております。僕はといえば、時間的制約や関係者の人数・地理的な範囲や自分の行動に求められるハードルの高さなどが今まで経験したことのないレベルの仕事をストレスを感じる暇もなく義務感とドーパミンだけで日々こなしており妻の寂しさとかストレスとかを慮る余裕すらなかったわけですが、新婚早々に夫がそんな状態で家族にきちんと向き合うことのできないなか文句もいわずに僕を支えてくれた妻には大変感謝しております。
どれくらい家にいなかったといえば、ざっと確認しただけでも
- 3月5日 札幌→東京→秋田
- 3月6日 秋田→盛岡
- 3月7日 盛岡→青森→(寝台急行)
- 3月8日 (寝台急行)→札幌
- 3月12日〜13日 東京
- 3月16日〜19日 仙台
- 3月21日〜22日 東京
- 3月26日〜27日 東京
おお、そうだ、16日〜19日の仙台は妻を連れて行ったのでした。しかしながらワタクシは仕事で出張している身で土日といえども朝からびっちりと仕事をしており夜は現地の会社の方々と食事をするなどしていたので結局妻は仙台でもひとりぼっちなのでした。温泉や神社をめぐる一人旅を満喫していたようだけれどもやはりかまってあげられなかったのは申し訳なく思うのです。
そんな状況でもライブはしっかりやっていたみたいで、3月4日には焼き鳥じゃんぼパーティーにアコースティックウキウキバンドで出演するなどしてました。でもあれかー、ライブの翌日から東北行脚の旅に行っていたのか。もう少し余裕のある計画を立てないとダメですな。
写真は3月にいただいた素敵なお祝いです。
南部鉄器の急須。しかもピンク。とてもかわゆいです。愛用させていただいております。